情けなさ

2024年2月16日
無常なる世の真理において、人の有り様はあまりにもちっぽけであり、
その無力な在り方からすると、
情けないという人の真理もまた逃れようのない宿命なのかもしれない。
しかしながら、命あるものの本来在るべき姿というのは、
与えられたその命、生を全うすることに心血を注ぐ様であり、
情けない、あるいはみじめな状況や状態に陥ることがあったとしても、
決して自らの信念や志を手離すことなく、
生涯を通じて自らの信じる価値を追い求め、
引いてはそれが後世を豊かにするという希望を抱き続けることにおいて、
人生の意味や幸福感を見出してゆくことが可能になる。
自らのみじめな様を嫌悪し、それが他者のせいであると嘆き、
自身を擁護してくれる”母親代わり”を切望していては、
精神的自立も、自らを律することも出来ない、
不平不満ばかりを口にしては、自らの可能性も希望も見出せない。
そんな態度では、本当に情けない”だけ”の人間になってしまう。
非力で不甲斐ない、情けないという誰しもに降りかかる、
いわば人としての宿命の下にありながらも、
自らの存在意義を確信し続け、
逆境や苦境にありながらも決して希望を失うことなく、
自己の可能性を信じ行動し続けることで、
人は生き甲斐を見出し、
生きていること、そして死に行くことへさえも幸せを感じるのである。

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