2022年11月25日
ヨーロッパ史における音楽の機能的な発展、
神学の緻密な研究と構築は、
この人種に顕著な観念への偏向とのバランスを取り得る芸術の創出、
またこの偏向自身が着地するべき安堵の場所、
いうなれば「彼岸」を見出すことを目指してなされたものだろう。
音楽は人の不安も落胆も、本音も覚悟もすべて受け入れ、
それらすべてに寄り添ってくれる存在。
それはまさに「己を死へと導く」という逃れ得ない人の運命に、
気持ちとしての確かな意味を与えるものではないだろうか。
生きる意味とは誰しもが自ら見つけ出すしかない。
だからこそ、
たそがれの気持ちの中に個々人の実存の本質が宿っている。
いかなる栄光も成果もいずれは陳腐なものとなってゆく。
意識しようとしまいと、人は常にこの動かぬ事実に翻弄され、
生きることの空虚な様から逃れることはできず、
その空しさをごまかす術を探している。
観念の活動に重心を定着させるほど、肉体的な、
あるいは社会的立場としての自己の限界を受け入れることが難しくなり、
否が応でも絶望へと追いやられてしまう。
人は結局のところ、自己に安堵を提供してくれる超越的何か、
甘えを満たす何かを「仕立て上げる」ことしかできないのであり、
むしろそれが引いては、
文化の発達の根本的なモチーフとなりその発展を実現してきた。
音楽はその点において、人の感情や内情と直結するものであり、
感覚が直接的であるがゆえ非常にリアルな臨場感を伴いながら、
自己に安らぎを与える超越的な偶像を現出する。
人は年輪を重ねるごとに人生のはかなさを如実に痛感し、
その虚しさと思い出に宿るノスタルジックな感覚に浸ることの運命において、
自己の存在の有限なることを受け入れる。
その極めて個人的かつ繊細な感情に、
これ以上ないほど温かく寄り添うことができるのが、まさに音楽なのである。