信じる

2017年6月12日
バカは人としての本質であり、人はバカであることから逃れることができない。
自らをバカと称するのは自信の現れであり、それはエネルギーとポテンシャルの源を指し示す。
バカであることから逃れられたとすれば、そこにはもう何もない。
目標なき生のみである。
空虚な失念である。
そしてやっぱり自分はバカだと思い知らされれば、そこに残るのは絶望だけである。
大切なのはバカを互いに強要することではなく、バカを進んで分かち合うこと。
他者のバカさ加減を嘆くことは自己の人間性を貶める。
バカも人それぞれ現れ方が著しく異なる。
そんな中で、理由付けすることなく尊重し合える人倫がバカの本領を導く。
生きる上での98%の不安は無駄に生じる。バカだけにそれを変えられない。
後先考えずに突っ走る。バカだけに危機感が少ない。
知性を妄信することも所詮はバカの一形態に過ぎない。
バカという特性は様々にまたがる自己の主体としての真理を洞察させる。
熱狂と熱中、夢中に没頭。バカな子供はバカ正直にバカを謳歌する。
人はなぜ「夢中になれること」をうらやむのか。
結局は誰しもが自己を見失いたくないからではないか。
“大人”な自分への嫌悪感を抱きながら、没頭できるものへの憧れを募らせる。
理性に翻弄される毎日にあって、かつての童心に恋焦がれる。
日本の神々こそバカであることはよく知られる。
日本ほどバカという特性が肯定される国もないのだ。
まずは信じることから始めよう。
あの頃の子供心に還ることができれば、世界の見え方は変わる。

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