存在

2008年1月26日
社会における個人の責務には、
経済や文化の発展などを担う社会活動が挙げられ、
それはこの実世界における“時間生産”という様相を呈しつつ、
日々変化の一途をたどっている。
社会に流れる時間とは、時空間に存在する物理的かつ真理としての時間経過とは異なり、
個人による日々の営みの集合体が深く結合し合い、極めて有機的に形成され、
創造されているものだと考えることができる。
つまり、個人の織り成す小さな瞬間の流れが相互に作用し合い、
交わり、合流を繰り返すことによって、
社会という巨大な大河のような時の流れを創り出している。
一人一人がその一端を担う社会の流れの中で、
各々がいかに“クオリティ”の高い流れを織り成すことができるか、
またその実現に向け邁進することこそが、
社会で生きる上でのモチベーションとなるのだろう。
どんなに非力でも、ちっぽけな存在でも、
個人は常に社会に影響を及ぼし、
社会を支配しているということを意識しなければならない。
もはや自らの存在は、社会によって定義される。
その有機的な在り方こそが、ひいては大きなエネルギー源となり、
自らの存在理由やアイデンティティを指し示すのである。

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