2016年10月25日
心とは何か。「生きている」とはどういうことか。
モーツァルトは生きているのか。いや、多分もう死んでいる。
ではモーツァルトの心はどうか。ひょっとするとまだ生きている。
「生きる」とは何を指すのか。身体さえあれば生きているのか。
身体がなければ生きていられないのか。
心とは何か。精神とは何か。意識は人の何を指すのか。
人は何かを通して死んだ人の心を感じ取ることができる。
身体は亡くなっても、心はまだ生きていると感じることが確かにある。
その人が生前努力していたもの、尽力してきたもの、大切にしてきたこと、
人々に託したこと、今も残るその人の活き活きとした遺産には、
間違いなくその人の心が宿っている。
身体を失い、脳を失い、いわゆる意識を失ったその人は、
もう自身の心を感覚することができないのかもしれない。
でも、身体が生きている時だって、意識が常に心を感覚しているわけではない。
「意識する」ことが、生きている心の第一条件ではないのである。
モーツァルトのように何百年間も生き続けることばかりではないかもしれないけれども、
人の心や精神は、確かにどこかで生き続けている。

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